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勉強会の予定・記録

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2002-07-31

第34回 大学図書館にもとめられるもの

21:08 | はてなブックマーク - 第34回 大学図書館にもとめられるもの - 勉強会の予定・記録

日時

2002年7月31日(木)

会場

附属図書館3階研究開発室

発表者

引原隆士教授(京都大学工学研究科)

資料

PowerPoint

参考:引原先生のホームページ リンク切れ

今回のまとめ

1. 全体の流れ

先頃、大図研で講演された資料をもとに、先生の現在に至るまでの軌跡を辿りつつ、折々に触れて、研究者としての立場から、文献収集について、研究論文発表の理想と現状について、研究者として望まれる理想的な「書架」とは「文献利用環境」とは如何なるものか、等々についてお話していただいた。


2. 要点と考察

2-1 出版戦国時代 ~「学問」と「出版」とのはざまにおけるジレンマ~

  • 論文に「ゴミ」が多い。例えば、思いついたアイデアをもとに実験データ等の結果を単に蓄積しただけに過ぎない「やってみました論文」「こういうのできました論文」が氾濫している。
  • 論文の数稼ぎに盲進する研究者及び彼らの存在を助長する、インパクトファクターに左右される出版社の存在。しかし出版社サイドにしてみれば、出版はとどのつまり「商売」であり、いかにして利を得るかが重要であるから、一概に出版社を責めることはできない。

このような状況にあっては、出版されるあらゆる出版物、その中から有益なものを的確に「かぎ分ける」能力が求められる。


  • 研究者=自らの「研究者としての直感」を鋭敏にし、何がゴミか、何が宝物かをかぎ分ける。
  • 図書館員=上記のような「鋭敏な研究者」の存在に敏感になれるようにする。そうすれば、彼らの著作、及び意見などを通じて、今現在蔵書としてなにが必要か、不必要か、その選択の一端が見えてくるかも知れない。

2-2 これからの図書館と今後の文献の理想の在り方について~「研究者の求める「文献の在り方」」と「情報の電子化」とのはざまにおけるジレンマ~


「情報の渉猟」が可能な図書館が理想である。だが情報には、コンパクトなもの・冗長なもの・乱雑なもの ・・・実に様々なものが存在する。検索及び文献そのもの等、図書館においてあらゆる電子化が進む中、果 たして「電子化」にただ邁進するだけが金科玉条なのか?という疑問。

例えば、キーワードから文献検索ができたり、データベースから文献を引き出し、確認できるぐらいでは「渉猟」にはならないのではないか(=「電子化の限界」としての側面)

情報は、年月とともに蓄積されていくもの。蓄積した情報をいかに「整理」し「保存」していくか。情報を蓄積するには「場所」が必要。しかし、その「場所」は現実的には限られており、与えられた領域で、いかに効率よく、また利用しやすい形で、情報(=資料)を整理・保存・提供していくかを、図書館員は考えなければならない。物理距離的にも学問分野的にも「はなれた」、しかし自らにとって必要である文献を「今、この場所で手に取りたい」。研究者のそういったニーズに、全面的にではないにせよ少しでも応えていくための手段としての「電子化」としてみるとどうか?


2-3 理系研究者にとっての「貴重書」とは

「最新情報」ばかりが「有益な情報」とは限らない。最新情報により、分野における動向とその内容をいち早く知り、自らの研究の指標や材料にすると同時に、古典に拠って新しい発想を触発されたりすることもまた、研究者にとっては大切なことである。研究及び学問に、流行は有っても新古は無い。流行の波に踊らされた研究と論文執筆、果たして研究者たるもの、それでよいのか?


3. 感想

今回の勉強会は、単に「私の文献収集法」というテーマにとどまらず、さまざまなお話の中で、いくつもの大切なことに気付き、また自分自身がやりがいを持って仕事をしていく上でのさまざまなヒントをいただけた。

引原先生はご自身の講義を「ジェットコースターのような、水商売のような講義」と称しておられた。それはすなわち「学生が「わかった気になる」講義」「学生の限りない興味と学問に対する欲求を高める講義」 であるが、はたして「先生」と呼ばれる方々に、そのような講義ができるかたが、どれほどいらっしゃるだろうか?

「研究者は、研究者であると同時に、次代の研究者を育成する「教育者」でもある」

こういう認識を持って、日々活動されている先生が実在した、そのことに対する感動は大きかった。

「わかったような気にまずなる」→「実際に学問を続けていくうち、自分が何もわかっていなかったことに気付く」→「何もわかっていなかった自らを自覚しながら、何がわかっていなかったか、これから何をわかろうとするべきなのかを見出す」→ 「問題の解決」→「わかったような気になる」・・・・

この繰り返しは、なにも研究者、そして学生だけにとどまらず、全ての人が生涯を通じて、成長したければ 、よどみなく続けていかねばならない過程である。

その過程を歩みつづける意欲、それを楽しみながら、喚起された勉強会であった。

浅井元子(京都大学情報学研究科図書室)

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